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夜遅く家に戻った魔術師を待っていたのは玄関で仁王立ちする嫁の姿だった。
「おう、今までどこほっつき歩いてたんだ、この馬鹿」
「馬鹿王の接待」
「ウソ付けこのボケ、お前知らねえ男と見世物小屋へ行っただろ。あのいかがわしいトコへ行っただろ、ウソつくなコラ」
嫁はそういうと問答無用で魔術師に右ストレートを繰り出す。この嫁、そもそも傭兵団のリーダーをやっていたほどの女であるので、魔術師にそれが避けられるわけもなく、見事に魔術師は地面に昏倒する。
「いい度胸じゃねえか、あ? クィルよう」
暫らく立ち上がる気力もなく地面に寝転がったままの魔術師に、嫁は冷たい目を向ける。
「生きてこの家の敷居をまたげると思うなよ」
「俺の家だっての」
ぼそりと魔術師は呟くが、その声を嫁が聞くわけもなく。
「選ばせてやろう。木から逆さ吊りと百回ぶん殴られるのとどっちがいい」
「どっちも嫌じゃこの怪力脳筋女が。俺には俺の事情があるんだ、分かれボケ」
漸く立ち上がると魔術師は嫁に向かって言い放つ。
彼らは仲が悪いことで王国中で有名な夫婦であり、この程度の言い合いは珍しいことではないので隣近所も驚かないし助けに来ない。
互いにギリギリしながらにらみ合っていると、部屋の奥からとてとてと幼い娘が歩いてきた。
「お母さん、お父さん帰って来たの?」
「ああ、帰って来た」
「お帰りなさい、お父さん」
「ただいま、リィル」
にらみ合う両親を気にしないのか、ニコニコと笑う娘はとても可愛らしく、この両親からどうやって育てばこうなるのか不思議なくらいおっとりとした娘であった。(両親ともに口は悪いが見目は麗しいほうなので、娘が可愛いことについて誰も異論は唱えないのだが、その性格は奇跡としか言いようがない)
「ご飯にしようよ、わたしおなかすいちゃった」
その一言でとりあえず嫁の折檻は回避され、魔術師は家に入る。
「ああ、そうだ、家族旅行に行く羽目になったから、用意しとけよ」
「なんだそれ」
■実は魔術師は既婚者。一児の父。
それにしても久しぶりでスミマセン。
すっかり別人に化けた王は、魔術師とともに見世物小屋へやってきた。
王はにこにこ顔だが、魔術師はげんなりした顔をしている。使い慣れない魔術などを無理やりつかったものだから疲れ切ってるのである。
あと、こんなところへ来たのが家族にばれたら何を言われるか分かったものではないから、というのもある。
「何が一番の見ものだ?」
王の言葉に、魔術師は入口で受け取ったプログラムを見る。見世物小屋、と称しているが、ショー形式を取っていて、次々とプログラムを消化していくシステムらしい。
「火吹き男」
「パス、それこの前道化師にやらせた」
「それで彼ウチに火傷で運び込まれたんですか。えーと、次が蛇とネズミの白熱のバトル」
「パス」
「怪奇、蛇女」
「パス」
まあ、確かにつまらないな、とは魔術師も思う。
「あ、メインイベントってのがありますよ。キャメロット姫の踊り」
「何が面白いんだそれ」
「説明が書いてありますよ。ええと? 千枚のベールを身にまとったキャメロット姫が、次々にベールを脱ぎ捨てながら舞い踊る……」
「それだ! おいクィル、俺は寝るから、残り10枚になったら起こせ!」
「……」
■欲望に忠実で何が悪い。
「それはそうと」
王は玉座にご機嫌で座りなおすと、魔術師に声をかける。
「今街に見世物小屋が来てるよな?」
「ええ、まあ」
「俺アレ行きたいんだが」
「陛下が? おやめになったほうが」
「でも下々のモノの俺に対する評価とか聞けるかもしれないだろ?」
「聞かないほうがいいと思いますよ」
何せ彼は暴君だからだ。税率高いしその割りに還元してないし、民は基本的に王を嫌っている。
「そうか。……しかし見たいな。どうだろう。下々のものにばれずに見世物小屋まで行く方法はないか?」
「ニコニコ顔で行けばどうです?」
魔術師は投げやりに答える。即座にクッションが飛んできた。玉座で少しでも高い位置に座るための重要アイテムを投げつける程度には腹が立ったらしい。
「魔術で何とかならんか?」
「高価いですよ?」
「金取るのか宮廷魔術師」
「難しい魔術なんですよ。原理聞きます?」
「聞いても分からんから結果を言え」
「まあ、つまりは別の人間に化けるみたいな感じです」
「ではやれ」
「……じゃあ、夕方もう一度きます。用意が必要なので」
「面倒なのか?」
「俺だけの魔術じゃ不安なので、安定させるための荷物を持ってくるだけです」
「ところで」
「何ですか」
「お前魔術使えたんだな」
「まあ、一応……安定させるモノがあれば何とかかんとか」
「さすがおちこぼれだな」
「だから故郷キライなんですよ。魔術師ばっかりいるから」
■魔術師は魔術を使うの苦手です。と言うことが判明しました。
魔術師の言葉に、王は片眉を吊り上げ魔術師を見た。表情で次の言葉を促す。
「テーマは魅力的なんですけどね、先立つものがありません」
肩をすくめる魔術師に、王は即座に言う。
「旅費は出さん」
「まあ、開催地が開催地なので、行きたくはないんですが」
「場所はどこだ」
「統治国です」
「ああ、出身地か。お前はあの国が嫌いなんだったな」
「キライなのではなく、嫌な思い出があるだけです」
「同じだろ」
興味なさそうに王は言うと、くありとあくびをした。話を聞くつもりはなくなった、という意思表示だろう。大きな玉座に体を沈めるようにして座りなおし、もう一度あくびをする。もしかしたらそのまま眠るつもりかもしれない。
「ちなみにテーマ、聞きますか?」
「興味ねえな」
「小人を巨人にする方法だそうですよ」
がばりと王は身を起こす。そして玉座から飛び降りると魔術師の手をぐっと握った。
「クィル君、君それ是非参加すべきだよ。すばらしい催しじゃないか。旅費なんていくらでも出そうじゃないか。スィートルームで行けばいいじゃないか。何なら家族を連れて里帰りなんかをオプションとしてプレゼントをしても良いぞ。すばらしいテーマじゃないか。巨人! 長身!」
「故郷キライなんです」
「もしかしたら様変わりしていて何も昔を思い起こすことはないかもしれないではないか! というかさっきキライではなく苦手なだけだと言っただろうが! いいじゃないか、家族旅行、そして長身」
王の目は輝いている。ここ最近見なかったほどに生き生きと輝いている。身長が伸びる、その言葉さえあればこの王は詐欺にだって引っかかってみせる。(勿論詐欺師はその後酷い目どころではない騒ぎなのだが)
「あんまりそういう魔力の使い方とか薬の調合とか聞いたことないんで、期待しないでくださいね。話半分で聞いといてくださいね」
「半分でも伸びりゃいいんだ!」
王は握りこぶしを宙に突き上げる。
こりゃ逆らっても無駄だ、と魔術師は思う。
会議はキライだし、故郷も苦手なのだが、テーマは面白そうだし、素性かくして行けば何とかなるだろう。
■今回からは魔術師・クィルの一日を追います。割と不幸めです。
「ドラゴン?」
王様は魔術師からの言葉に首をかしげる。顔は意味がわからない、と如実に騙っていた。
騎士が魔術師の家に駆け込んでからはや10日。
「ドラゴン? ……あー、ドラゴンな。ロイがつれてきたか?」
魔術師の目論見どおり、わがままかつ気分屋の王は、もう騎士に発注した「ドラゴンさがし」のことなど、ほとんど忘れていたのだ。思い出しただけ、今回はマシだったほうだ。
「ロイが倒してつれてきたドラゴンはまだ子どもですけど。ただ、つれてくる間にちょっと肉がいたみまして、ろくでもない匂いがしているんです。で、相談したのですが、陛下にはこちらのテラスから、この魔法の遠眼鏡で見ていただこうかと」
魔術師が黒い筒を王様に手渡す。
「なんだこれ」
「こちらから覗くと、遠いものが手に取るように近くで見られるのです。まあ、手に取れないですけどね」
「ほう、面白いものを持って居るな、クィル」
「ご入用なら贈呈しますよ、陛下」
王様が遠眼鏡を覗くと、国を取り囲む城壁の向こうに広がる砂漠で、小さな山のようなトカゲめいたものの上に騎士が立っているのが見えた。
「アレがドラゴンか? でかいだけのトカゲじゃないか」
「ドラゴンって、そういうものですよ」
「なんだつまらん。ロイにもういいから砂に埋めてから戻れと伝えろ。それからこの遠眼鏡は寄越せ」
「仰せのままに」
「おい、終わったぞ」
魔術師は騎士に声をかける。
「あ、そうなの?」
言いながら、騎士は木でできた梯子をリズミカルに降りてきた。彼が居たのは木でできた櫓の上で、その櫓には大きな板が張り付いている。板にはドラゴンの絵が書かれていた。
「それにしても、ドラゴンって本当にこういう姿なのかい?」
「そうだ」
「見たことあるの?」
魔術師は問いかけに、少し遠い目をしてから「ねぇよ」と答える。
「それにしてもさ」
騎士は描かれた絵を見上げた。
「でかいだけのトカゲだね」
「馬鹿王も同じ事を言ってたぞ。……これを埋めて戻れだとよ。まあ、せいぜい頑張れな」
「え? 手伝ってくれないの?」
「俺は頭脳労働専門だ」
「魔術師ならそれらしく魔法でささーっと」
「使えない」
魔術師は答えると、騎士を置いて先に町に向かって歩き出した。
■ドラゴン編はこれでおわりです。
次は魔術師が酷い目にあう話を予定。